1855年メドックの格付けで1級には入れなかった2級のムートン・ロートシルト。しかし、その実力が認められ、1973年に当時のシラク農水相の下、例外的に2級から1級へ上げられる。このような、経緯をもつシャトーは珍しく、ワインの実力が物を言ったといってもいいだろう。
シャトーまでの道すがら、運転をしながらガイドさんがこんな話をしてくれた。「1855年当時、シャトー・ムートン・ロートシルトのワインは1級の実力があったのだけれど、ここにはシンボルとなるお城がなかったから認められなかったんだという説もあるんですよ。」
シャトーに到着してみてその意味が良く分かった。大抵のシャトーにはシンボルとなるお城があるのにここにはそれが無いのだ。
同じポイヤック地区にあるシャトー・ラフィット・ロートシルトなどはワインのラベル通りの古いお城が建っている。「昔はここにドレスをまとったお姫様なんかもいたのかなー」なんて彷彿させる景色なのにここには素っ気無い白い建物が幾つか建っているだけ。
「へー、これがかの有名な1級のシャトーねえ。」想像と違っていたので、ちょっと腑に落ちないけれど見学を開始。
レセプションで少し驚いたのは館内をガイドしてくれる女性達が黒い品のよい制服を着ていたこと。そして、案内するコンパニオン役の女性の数が他のシャトーに比べて多い。
他のシャトーでは作業着のような格好で案内してくれたり、大抵は普段着で応対してくれるのに、ここはまるで高級ブティックのような雰囲気が漂う。
「やっぱ、伊達に1級じゃないわね。」
見学も盛り沢山でシステマテティックに組まれている。
入ってすぐに広めの映写室で10分程のビデオ上映。英語やフランス語やドイツ語などもある。ここで、このシャトーの歴史とおおまかなワイン造りの工程が説明される。
因みにシャトー内でビデオやコレクション豊かな博物館を見せてもらったのはここシャトー・ムートン・ロートシルトだけ。
なんだかワイン博物館にやってきた気分だ。
ボルドーで使用される黒ブドウと白ブドウのサンプル畑を見ながら、中庭を横切り別の建物へ。
入るとご自慢の木の発酵槽が並ぶ。あれ?他のシャトーはステンレスの物を用いていたな。と眺めながら、説明を聞くと「現在ではなかなか見られなくなった木の発酵槽です。これは30年から40年は使うのです。」と解説してくれた。木は乾燥すると木目が変わるから表面に水が打ってある。この水滴が大切だとか。他のシャトーはステンレスに切り替えたのに伝統を守って、このシャトーのスタイルを貫いている。沢山ある大きな木の発酵槽の表面を濡らすだけでも大変だろうに。
収穫時期は450人から500人で取り組み、手摘み収穫。12キロのかごに入れて運ぶのだそう。それを30人から40人で選果する。3週間醸しをして、樽に18ヶ月置いて・・・・とワインになるまで沢山の人の手間と時間が必要と学ぶ。
次に、地下の貯蔵庫へ。真っ黒のカビがびっしりと壁を覆っている。
このカビが余分な水分を吸ったり、必要な時に水分を出したりしてくれるからワインにはいい状態を保つと言う。ちょっとかび臭い。
丁度、地下のカーブで澱引きの作業をしていた。樽から澱を抜く作業らしい。ロウソクをそばに置いて2人がかりの作業。おじさん達の手はワインで赤黒く染められていた。
美味しいワインは子供のように大切に育てられる。
次は、柱が一本も使われていない広い空間へ。ここにワイン樽が整然と並ぶ。まるで劇場か教会のようだ。ここを設計したときに方位と窓の関係や太陽光の差し込み具合いなど細かく計算してつくり、オーナーは劇場と呼んでいたとか。
次に、博物館に案内された。大きなタペストリーがたっぷりと掛かった大広間。16世紀のゴブラン織りらしい。銀食器や細かなガラス細工の食器。ワインに関するコレクションはフィリップ・ロートシルト男爵の2番目の奥様が世界中から集めたもの。
ムートンの名に因んで羊関係の置物もある。ここだけ見ているとルーブル美術館のひと部屋にいる感じさえする。この美術館は撮影禁止である。
最後に歴代のワインラベルとボトルを拝見。自分が生まれた年のラベルが見つかるかも。
年ごとのエピソードや画家達にまつわる話も興味深い。
そして、試飲室へ。出来たばかりのワインをいただく。タンニンと果実のみなぎるエネルギーで卒倒しそう。香りは豊か。テイスティングした後はタンニンで唇が赤黒く染まる。
このワインもあと何十年かすると優しい淑女に変身するのだろう。と思いながらシャトーを後にした。
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